モーリス・デュルフレ

Durufle最近二人ともモーリス・デュルフレのオルガン曲に熱中している。その不思議な心地よいハーモニーに引き込まれて、時間がたつのも忘れてしまうほどだ。デュルフレは1902年フランスに生まれた。10才から教会の少年合唱団に入り、練習とリハーサルの音楽漬けの毎日を過ごしたという。デュルフレの音楽にグレゴリア聖歌の旋律が多いのは、その頃に受けた音楽の影響にちがいない。その後、パリ国立音楽院で作曲やオルガンを勉強し、オルガンと和声を教えるようにもなる。

デュルフレは自分のオルガンの生徒と結婚した。奥さん(マダム)はデュルフレより20才年下だ。夫婦はパリの教会で一緒にオルガニストとして働き、お互いコンサート活動も精力的にこなした。ところが1975年南フランスで休暇を楽しんだ二人は車の衝突事故に遭い、夫婦そろって意識不明の重体になってしまった。何度も手術を受け、マダムだけは奇跡的に教会の仕事に復帰できたけれども、デュルフレは1986年に亡くなるまで10年間ほとんど寝たきりの状態になってしまった。マダムはデュルフレの死後もコンサート活動を続けたし、コンサートの時はいつも夫の作品を弾いている。1989年からの二年間、高齢にもかかわらずマダムは北テキサス大学でオルガンの客員教授になった。レッスンはかなり厳しかったらしい。1989年ニューヨークで故デュルフレの追悼演奏会があった。マンハッタン音楽院が中心になり、故デュルフレの全曲演奏会を行ったのだ。僕はその時マンハッタン音楽院でオルガンを勉強していた。おかげで招待されて来ていたマダム・デュルフレに会う事ができた。その時のパンフレットは僕の宝物である。

デュルフレは多作ではない。ひとつの曲を作るのにとても時間をかけたそうだ。鉛筆よりも消しゴムを多く使ったとマダムが言っていた。もっと作曲してくれてたらなあ、と思うかもしれないけど彼の音楽は全曲が素晴らしいからいいではないか。今日もデュルフレの神秘的なハーモニーに魅せられながら一日が終わった。ちなみに、うちの愛猫タローもデュルフレが好きみたい。オルガンから全然離れようとしない。いい音楽は猫でもわかるのかな。

[2002年2月25日]

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