ハンドベル指導・苦戦記

テキサスの教会で働きはじめて最大のチャレンジは、ハンドベルのグループを指導することだった。教会には7才から12才までの子供のグループ、大人のグループ、シニアのグループの3グループがあり、それを任されたのだ。実はハンドベルなど大学時代に一度くらい鳴らした程度だった。まさか、そんな自分がハンドベルを教えることになるとは、想像もしなかった。

1)大人のグループ

グループの中には音符を読めない人もいたし、リズム感のない人もいた。そのうちにメンバーの出席が悪くなっていき、私はすっかりやる気をなくしてしまった。こんな窮地から脱出できたきっかけは、ハンドベル・フェスティバルに参加したことだった。市内のいくつかの教会が合同で同じ曲を練習し、コンサートをしたのである。指揮者はコロラド出身の人気の作曲家が招かれた。あれほど繰り返しの練習をいやがったメンバーが、同じ苦労?を持つ人々と出会って自信がついたのだろうか。100人が奏でるハンドベルは多少のミスをしても誰かがカバーしてくれるし、迫力があった。メンバーはしばらくの間、ハンドベルの楽しさをわかってくれたようだった。今ではあの時の興奮をすっかり忘れてしまったようではあるが、それなりに活動している。そろそろ次回のハンドベル・フェスティバルにお世話になる必要があるのかもしれない。

2)シニアのグループ

シニアのグループは、音符を読めるのが9人のうちたった1人。腕の力も弱く、いい音を出せない。それでも一緒にベルを鳴らすことが楽しいと言ってくれるので、何かいい方法はないかといろいろ考えた。リハーサルの前に全員の楽譜に担当の音符を見やすい赤と緑のフェルトペンでマークして、どういうタイミングでベルを鳴らすかすべて楽譜に書き込むことにした。何度も練習を重ねて、はじめて教会の礼拝で演奏した日には、何の曲を演奏したのか誰も当てることばできなかった。それでも、「ハッピーな騒音よ!」とジョークを飛ばし、ウインクを飛ばし、笑いが絶えないグループであった。そして、3年後のクリスマスにはとうとう老人ホームに招かれて10曲のキャロルを演奏した。ちなみにグループの平均年齢は80以上。最年少で77才、最高86才。ハンドベルのリハーサル中に倒れて、その後亡くなったメンバーもいたし、練習風景を見るのが楽しみだと言って、毎回来てくれたおばあちゃん2人も亡くなった。そういう人たちのお葬式のためにオルガンを弾くことは、何より悲しい。けれど、最期まで楽しい時間を共有できたことは素晴らしいことである。今でも、肺ガン治療を受けているシニア82才が、酸素ボンベをかついで練習を毎回見にくる。

3)子供のグループ

今でも「なんでオルガニストがこんなことまでしなくてはいけないの」と思ってしまうのが、子供のハンドベルとハンドチャイムのグループを指導することだ。テキサスの子供たちは学校から帰ってくると、甘いお菓子のスナックに、大量の砂糖とカフェイン入りの炭酸飲料を与えられる。このせいで注意散漫になった子供が、そのままベルのクラスに来るのだ。しばらくわいわいバタバタで、みんなで演奏できる状態になるまでに30分はかかる。気が付くと、ベルが壊れたり、傷ついたりしている。でも怒ったりはできない。ここは学校ではない、みんなの教会なのだ。どんなに下手くそでも、半年に2回は礼拝でみんなの前で演奏する。練習の態度が悪くても、どんな演奏をしても、子供はかわいいから許される。それに子供を使うと、親や大人は確実に喜んでくれる。私たち教会の職員は、収入源を喜ばせないといけないしね。

Keen Ringers
微笑ましいシニアのメンバー

[2003年6月29日]

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